ジェットブラック・ジグ

Jet-black Jig

 アストレアがアルストグラン連邦共和国を後にしてから、早一年。
 アルバと名を改めた男と、男が連れている奇妙な鳥との共同生活にも次第に慣れてきたある日。
 いつものように弦楽器で暗い調べを奏でるアルバを観察していたアストレアは、ふとあることが気になったのだ。
「そろそろ教えてよ。アンタの昔のことをさ」
 アストレアにはとても想像ができないような、漠然として壮大な世界に、好んで身を置いているアルバという男のこと。
 何故だかふと、彼女はそれを知りたいと思ったのだ。
 するとアルバはプツッと演奏を止め、疑問を抱くように細めた目でアストレアを見つめる。
「いいだろう、そんなに聞きたいというなら話してやるぞ」
 やがて全てを滅ぼすだろう狂気が、男に芽生えたその理由。
 これはその理由を少しずつ紐解いていく、ある男の過去に関する物語である。

登場人物紹介(抜粋)

“エスタ” アストレア/ アイーダ・S・フランツマン
視点人物。二十七歳。アルバの協力者の一人。
立派な成人女性なのだが、その容姿は相変わらず十歳の子供さながらゆえに、しょっちゅうアルバに揶揄されている。
育ての親であるアレクサンダー・コルトに多少なりとも似てしまったせいか、その性格は血の気も皮肉も多い。とはいえ根っこは何だかんだで可愛い者が好きな女の子だったりする。
そんな彼女の最近の目標は「メイクアップの技術を上げること」と「アルバに馬鹿にされないような教養を身に付けること」。本人曰く、太眉と男装はもう卒業したそうだ。
アルバ/ シスルウッド・A・マッキントシュ
視点人物。瞬間移動と記憶術、それと恐喝を得意としている。八十九歳。
心労が溜まり過ぎたが故に髪の毛が真っ白になってしまったが、カラーワックスで誤魔化せば壮年ぐらいの容姿に戻るとのこと(本人曰く)。尚、本人は白髪を気に入っていないそうだが、アストレアが「白髪の時のほうが怖いし、感じ悪く見える」と太鼓判を押していることから、特に髪を染めずにそのままにしているそうだ。
以前は「アーサー」と名乗っていたが、今は過去の全てと倫理観をかなぐり捨てて、自由気ままに行動している模様。
そんな彼の最近の目標は「全人類を滅ぼし、真に平和な世界を築くこと」。そして正真正銘の眷属神である。
マダム・モーガン/ ファーティマ・ダルウィーシュ
視点人物。瞬間移動と暗殺と裏工作を得意としている。二二〇〇年近い時間を生きるおばあちゃん。とはいえその容姿は、三十路ぐらいの若い女性のままである。
特務機関WACEも崩壊した今は、「フリーランスの工作員」として単独で世界中を駆け回り、黒い仕事を片付けているとのこと。
その傍らで水神カリスの機嫌も窺ったり、無口な弟分に再び教育を施したり、某クソカラスに雑用を押し付けられたりと、忙しい日々を送っているそうだ。
そんな彼女の最近の目標は「とりあえず現状維持」と、なにやら諦観の域に達している模様。そして正真正銘の眷属神である。
高位の神 キミア/ クソカラス
視点人物(?)。喋ることと賑やかしを得意としているカラス。なお「年齢? ンなもん、俺ちんにはねぇのヨ!」だそう。
あらゆる壁も取っ払う、自由すぎるクソカラス。ついにヤツは禁じ手をも使うようになった模様。
そんなカラスの最近の目標は「ケケケッ!」。要は何も考えていない。そして正真正銘の神である。
海鳥の影 ギル
水神カリスの四神器のひとつ「青銅の長剣」に宿っていた天使。かつて神器が破損した際に、形と影の二つに分かたれ、影であるギルは神器の中から逃げ出し、以降、地球を彷徨っている。
現在はアルバとの間にある契約を交わしており、彼の体を借りては人間世界で暗躍している。……――はずなのだが、ギルはどうやら考えを改めたらしい。現在は交渉やら脅迫など、対人間の面倒事は全てアルバに任せ、ギル自身はアルバの影として、あくまでも援護に徹しているそうだ。
そしてラドウィグの「討伐リスト」に、影のギルは最優先事案として記載されている模様。
ラドウィグ/ ルートヴィッヒ・ブルーメ など
視点人物。ASI局員。二十六歳。ギョロッと大きな猫目が印象に残る青年。やせの大食いで、且つ筋トレが趣味。
イザベル・クランツ高位技師官僚の警護に勤しみつつ、片手間にマダム・モーガンから頼まれた雑用を片付けたり、連邦捜査局シドニー支局のエドガルド・ベッツィーニ特別捜査官から食べ物をカツアゲする生活を送っている。
なお、アルバに対し向けられている彼の怒りは苛烈なもの。笑顔の裏で、虎視眈々とアルバを討つ瞬間を彼は待っている。
そんな彼の近頃の趣味は山草摘みと、漢方薬の店に通うことらしい。本人曰く「最近は薬師の血が騒ぐ」とかで、東洋医学の勉強も始めたらしい。
イザベル・“ベリー”・クランツ
高位技師官僚として働きつつ、アルフレッド工学研究所の所長も勤めるアバロセレン技師。三十二歳。
異能の力を持つ、覚醒者のひとり。そして世紀の天才に直々に認められた、彼の後継者である。
彼女の護衛役であるラドウィグは、大学の後輩であり、以前は彼女の部下であったりもした。
また彼女はラドウィグの総合的な能力を買っており、彼のことを有能な人材であると評価する一方で「なぜ彼が、医学やアバロセレン工学を志したのかが分からない。彼には薬学のほうが向いていたはずだ」または「彼のような人材こそ工学研究所や秘密情報局ではなく、軍に所属すべきだったのでは……?」と首をかしげているとか。

登場人物紹介(回顧編、抜粋)

シルスウォッド・アーサー・エルトル
のちに“アルバ”となる男。落とし子として産まれ、父親から虐待を受けながらも、図太く逞しく育った。
あらゆる物事に懐疑的であり、基本的には誰のことも信用していない(キャロラインは除く)。
なお本名は「シスルウッド・アーサー・マッキントシュ」である。それ以外にもいくつか名前を使い分けていて、「ウディ・ブレナン」だった時代もあれば、「シスルウッド・ロバーツ」だった時代もあった。
アーサー・エルトル
“アルバ”の父親である男。元は刑事事件を専門とする弁護士だったが後に家業を継ぎ、下院議員を経て上院議員となった。
意外なことにクリスチャンであり、幼少期の“アルバ”が信仰を拒んだこともまた、確執の要因のひとつとなっている。
なお「エルトル」という姓は、五代前の当主が高貴っぽさを感じる響きを優先して造った、これといって特に意味や由来はない造語。かつては「オブライエン家」だったらしい。
ドロレス・“ドリー”・ブレナン
“アルバ”の育ての親ともいえる女性。血縁では、叔母にあたる。ハリファックスで小さな書店を営んでいた。
また音楽にも造詣が深く、ピアノやヴァイオリンをはじめ多くの楽器を演奏するマルチプレイヤー。
彼女が“アルバ”に大きな影響を与えたことは、言うまでもない。
ローマン・ブレナン
ドロレスの夫で、“アルバ”の育ての親ともいえる男性。不動産会社で働いていた。
また音楽にも造詣が深く、ピアノを好み、よくドロレスと連弾をしていた。
彼が“アルバ”に大きな影響を与えたことは、言うまでもない。
レーノン・ライミントン
元保護観察官で、後に新聞配達員を経て児童養護施設の指導員となる。保護観察官時代に、幼い“アルバ”と出会っていた。
以後は“アルバ”が成人を迎えるまで、お互いに頼り頼られる関係を築いていた。
また正義感溢れる人物であり、それが同時に仇となっている。
ライアン・バーン
“アルバ”をよく可愛がっていた男。ボストンでパブを営んでいた。
音楽が好きという共通点から、ブレナン夫妻とも親しくしている。
そして彼は“アルバ”の実母の友人であり、彼女を知る数少ない人物のひとり。
エリザベス・エルトル
アーサー・エルトルの妻であり、戸籍上における“アルバ”の母親。しかし“アルバ”との間に血縁はない。
夫が連れ帰ってきた落とし子である“アルバ”を、そして夫であるアーサーを憎んでいた。
以前は判事として活躍していたが、ジョナサンの出産を機に引退している。
ジョナサン・“ジョン”・エルトル
アーサー・エルトルの嫡子であり、“アルバ”の異母兄。
落とし子である“アルバ”を弟とは認めておらず、また同じ人間だとも思っていない様子だった。
そして母親を裏切った父親のことを強く憎んでいて、その憎しみから道を踏み外すこととなる。
ザカリー・“ザック”・レター
“アルバ”の幼馴染で、ハイスクールまではよく行動を共にしていた友人。
彼の両親は小さなレストランを営んでいる。
その関係でハイスクール時代の“アルバ”は、よく彼の家のレストランにお世話になっていた。
ブリジット・エローラ
“アルバ”の幼馴染で、エルトル家の隣人。
学生時代はよく彼女の家に遊びに行き、勉強するスペースを借りたり、夕食を共にしたりしていた。
リチャード・エローラ
“アルバ”の幼馴染であるブリジットの父親で、エルトル家の隣人。
大病院に勤める脳神経内科医。仕事が少ないことをよく嘆いていた。
“便利屋”ジャッキー
ハイスクール時代の一時、最悪の出会いがキッカケで暫く付き合いのあった“アルバ”の悪友。
ジャッキーという呼称はあくまで“便利屋(jack‐of‐all‐trades)”に由来しているものであり、本名ではない。
また彼には「ジャクリーン」という別名もあった。
キャロライン・ロバーツ
“アルバ”の妻であった女性。霊能者であった。
とにもかくにも優しく、心の広い人物であり、大層な美女。
仲睦まじい夫婦関係ではあったものの、彼女は“アルバ”の交友関係を常々疑問視していた。
ペルモンド・バルロッツィ
“アルバ”の友人で、破格の頭脳と膨大な額の資産の持ち主。
一時期は彼の家に居候させてもらっていた。
そしてこの男に関わったがために、人生設計が狂い出す。
ブレア・マッキントッシュ
“アルバ”の実母。故人であり、元死刑囚。
スコットランドから北米にやってきた移民であり、娼婦として身を売りながら、粛々と「復讐」を実行していた。
世間では「快楽の為に多くの男を殺してきたシリアルキラー」とされている。
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